ドール職人のドールライフと日常を綴る日々。

たぶん、自分もだいぶ混乱してるので
とりとめもないことを書くと思う。
上手くまとまらないかも知れないけど、
とりあえずじっともやもやしてるのが
耐えられないから残す。


昨日の朝  
美しい描画が素敵だったアニメーション会社が
放火事件により全焼。
多くの、
本当に信じられないほどの多くの人材が犠牲になった。
犯人は自身も火傷を負い、重体である。

多くの犠牲の大きさに、私自身も動揺しているが

世の中には意味のない悪意が渾然と存在することを
多々、思い知らされるばかりである。




その更に前のこと、
がんを患い闘病中のアイドルのブログに
罵詈雑言を投稿し続けた、
まったく他人の主婦が逮捕された。

バカ、死ね、嘘つき。 と 書き連ねて。

「どうして自分だけがそんなことで捕まるのかしら?
他の方はもっと酷いことを書き込んでいらっしゃいますよ?
そりゃ、謝れと言えば、お詫び申し上げますけど。」

まぁ他の人間云々の話はあながち誤っていないんだろうけれど、
どうやら 反省はないらしい。
誰かも言ってたから?
ふざけるな。
自分の荷物は自分が背負うし、
人は自分が蒔いた種を刈り取ることになるんだよ。


さる医療関係の記事で
生まれてわずか2か月で腹部にがんが見つかり
その後各臓器に転移し、1歳を迎えたものの
脳転移のため終末医療を受けるために彼女の両親が
近所の病院へ転院させることになり
そこで
医療スタッフ間で緻密な彼女に関する情報の引継ぎが
熱心に行われた。
新しいスタッフ達は
おそらく手厚い看護を不自由な体のまま受けてただろうに
いくつもの管に依存している命ながらも
とても安らかにふっくらしたお顔で眠っている彼女に

「いらっしゃい。よく来てくれました。仲良くしましょ。
1歳おめでとう」

と 暖かい言葉をかけた。

小さな一つの命に関わってきた大人達は
その安らかな幼子の寝顔に勇気づけられ、
一致団結して彼女を支えていこうという力をもらった。
がん専門医のオーサーは、はっきりと
この子の命を守るために周囲の人々は一緒に闘ってきたのだ、
生まれてきた意味はあったのだと記事を結んでいた。


最近、命におびやかすような言葉を日常的に
ネットやメディアで言葉として見たり
実際に平気の体で匿名で書き残すことによって
リアルと現実の浸透圧が逆転した価値観と
身勝手な正義感を利己的に行使することに対して
本来あってしかるべきの倫理観が希薄になってはいないか。

そしておそろしく簡単に、
沢山の命を奪う事象が実際に増えている。
人はみんな同じ道をわざわざ言葉にしなくても
誰かが殺めなくとも辿るというのに。

私の人生の長さそのものだけが、
他の誰かの10年、先の1歳の女の子の人生に
まさるとは限らないと思うのに。

それぞれの命の在り方は、到底量れない。
どう生きるのか、何をこの世に残すのか。

何故身勝手な正義という名の鉄槌を
人間が下してよいものか。

本当にね、
私たちは生まれてきて生きられる世界はここしか
無いのになぜ…?
頭がぐるぐるする。


京都アニメーションで犠牲になられた方々の
ご冥福と、
負傷されたスタッフの方々のご回復を
心よりお祈り申し上げます。
自分に出来ることをよく
考えて実行したいと思います。

遺された命のありかを私は忘れません。




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[2019/07/19 02:23] | ちょっとまじめに考えてみる。
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甲辰
いつも思うんですがね・・・
無差別殺人の事件が起こって、犯人が捕まって
「動機を調べる云々」
とマスコミが言ってますが、その動機は公表されることってあるんでしょうか? 

犯人の先天的な嗜好もあるかもしれませんが、少なくともどのような生い立ち、環境で育ってきたかを公表することで初めて防犯になると思うのです。

人権とか個人情報を守るという大義名分で本当に大切なものが失われていくような気がしています。

う~~~~~ん…
>甲辰さん

事件があった当時から恐らく取り調べまでには時間がだいぶ経過してからになるから、犯人自身も根本的なところではわかんなくなっちゃってる可能性もあるかもしれません。
記憶の改ざんというものです。
事実と真実(動機も含む)の数は同じではないからです。
多方面からのアプローチが必要になるかと思います。
恐らく責任能力の可否問わず精神鑑定も実施されるでしょう。
でもあれだけの理不尽な犠牲を出した事件には理不尽な動機しかない気がします。
だから、犯人の治療にあたっている医療スタッフがメンタルケアを受けなければならない程今は苦しんでいる。
真の防犯や抑止になるかは定かではありませんが 人間は実に多様性に満ちた個性や感情を持ち合わせています。
親である私も同じ腹から産んだ子供でも、
こんなにいい意味でそれぞれ違うものなのかと思うくらいに。
まず、
成育歴や環境も大切ですが「これから」犯罪が起こる前に
それらを踏まえて生きづらさや問題を抱えている人たちと、
排除ではなく差別化ではなく、人とどう関わってゆけばよいのかや感情をどう制御してゆけるのかを共に考えてゆく行政や有識者等の取り組みが必要ではないでしょうか。
人間、孤立してると考えが自分ばっかり中心になって暴走しやすくなり、視野も狭くなりますから短絡的になりやすいです。
そんなだから手っ取り早く自己承認欲求を満たす輩も出てきます。
いかにそこからなんとかすくい取るかだと思います。
理想論的見解だけで申し訳ないのですが、嫌になるくらい排他的過ぎるんですよ、今の世相は。

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多分うちだけじゃなく、全国的に青ざめた
長い一日だったのではないかと思う。

日頃の、
子供や奥様方が道端で話す声が全く聞こえない。
昼間にあるまじき静けさの中
子供と各部屋の施錠を確認した。
当たり前の生活音さえ、
一丁の拳銃と男が多くの市井から奪った日だった。

翌朝の今日、
犯人は見つかったわけだけど
見つかったよ、検挙されたよと 息子に言うと
良かった… と 言ってすうすう寝息を立てていた。
私もそう。
長い夜だったのだ。

前記事のドールの買い手がついたので
発送のために郵便局へ行ったのだが
すれ違う人が誰もいない。
こんな違和感を感じたのは神戸の震災の時以来である。

まだ、近隣で起こったことと
病気がやったのであって自分が犯した罪ではないという
言葉に 少なからず動揺している。

真面目に言いたいが、お前の血は何色だ。
被害にあった警官の流した血の
ぬくもりを感じなかったとでも言うのか。
血の気が引いた我々は病気に惑わされたとは
思わない。

人としての「なぜ」が何も役に立たない、
答えを持ち合わせようとしない
人間を捨てた人間が目に付くほどに増えた気がする。
やるせない。







[2019/06/17 21:33] | ちょっとまじめに考えてみる。
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久しぶりに更新だなぁ。

2月に肝機能障害がわかって
食事と運動療法に専念していると、
我々家族単位で世間のある面を
病気前とは違った目で見えてくるようになった。

今日病院へ行ってきて検査結果は
ほぼ正常値に戻っていて
めっちゃがんばったね、食事制限しんどくなかった?
と 看護婦さんにもほめてもらったのだが
確かにご飯好きな私が今までの半分に減らすのは
つらいけど、
控えなきゃいけないものを体に無理して食べるよりも
食べられるものをおなか一杯食べるほうが
精神的に楽だからと答えた。
多いか少ないかが違うだけで、
我が家の息子たちもほぼ同じものを食べてくれているし
私がどれだけのご飯やおかずが食べられるのかを
目で見て分かってくれている。
食べ盛りなのに有難い限りである。


テレビなどのメディアには

おすすめのスイーツとか焼肉とか
ラーメン屋とか、美味しいお酒。
深夜に容赦なく流れるグルメCM。
それを 私よりも明らかに体格が良い芸能人が
ばくばく食べている画像が頻繁に流れている。
なんで標準体重枠の私が!?という思いと
軽い殺意がわくと同時に

世の中は 貧しい貧しいと言いながらも
ものすごいカロリーが高い食べ物で
溢れ返っているのだということに気が付いた。
出川哲郎さんはどんぶり一杯の薬を飲んでると
公言しているが、大変だろうなぁ…







現在私の一日の摂取カロリーは1260キロカロリー。
外食へ行くと、食べるものによっては半分以上は
1食で消費してしまうことになる。

春休みで帰る前のぼーずに

「野菜ばっかりになるかもしれないけど
がっかりしすぎないでね」

と 事前に言っていたら

「むしろ野菜が摂れてないから助かる」

と 帰ってきてからも
豆腐ハンバーグなんかのたんぱく質と一緒に
海藻のサラダや薄味の根菜の煮物などを
喜んで食べてくれている。
豆苗と野菜たっぷりのオムライスも好評だった。


カロリーに溢れている世の中だと感じた一方で
今まで全く気が付かなかったことがある。
近所の薬局やスーパー、コンビニで
低糖質食品が、
私でも食べられるパンやお菓子が沢山
発売されていることだった。

ただのダイエット食品で出しているわけではなく、
療食人口がいかに多いのかということである。
飽食の時代だが、大食い番組には
本当にうんざりするが
様々な食品が開発されているのは本当に
有難いなと心底思う。

ぼーずがおススメだと言って買ってくれたのが
糖質半分カットのフルーツグラノーラ。
自然な甘みがとてもおいしい。

今日病院から帰ってきて血液検査の結果を
広げて息子たちに見せて、喜んだ。
安心させてあげて学校に返せそうで良かった。
もう少し、
子供たちと一緒に笑える時間をこの人生で
過ごしたいから、私はカロリーにこだわってみる。

今夜はご褒美に脂質糖質カットの美味しい
カレー粉を使ったチキンカレーと
キノコとホタテのオイル少なめのアヒージョ、
春キャベツと玉ねぎのサラダと作ろうと思う。




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[2019/03/30 15:48] | ちょっとまじめに考えてみる。
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周知の話ではあるが
関西ローカルの情報番組「ちちんぷいぷい」に
レギュラー出演していた堀ちえみさんが
先週 舌のがんで入院、手術した。


同時期に
私は主治医から年末の血液検査の結果を
手渡され

「すぐに専門の医者に掛かって診てもらって!」

と 言われた。

まさに晴天の霹靂な話だったので
ものすごい気が動転したからか
どうやって家に帰ったのか覚えていない。

ただ 子供たちにどう話そうかばかり
考えていた。
特に上のぼーずは学校やめてうちに帰るって
言わないだろうかと。




次の週、
ぽぇだけにちょっと検査に引っかかったから
病院で検査してもらうねと伝え、
指示通り近所の専門科を受診。

「よくこんな初期の段階で気が付いてくれたね。
良い先生でよかったね。」

検査結果は肝機能障害で
本当は入院してほしいんだけどな~と言う。
担当医の言葉にまだナイーヴな中学生をひとり置いて
それは出来ないから自宅で療養したいと
お願いしたところ、
まずは食事療法の指導を受けて
また一か月後に再検査になった。

そういえば、私が中3、高校3の時に母親は
アルコール性肝炎で入院したんだが
いきなり入院じゃって、家を出て行ったなぁ。


現在私は食事や治療をネットで調べて作って
療養にわりと積極的に励んでいる。
体調を大きく崩して、うちの子供たちに
余計な心配をかけたくない。
この段階でぼーずにも電話で話した。
離れてるだけに心配するとは言われたけど
春休みまで頑張るように伝えた。
正常値になったらケーキを丸かじりしようと
笑いつつ。


ちんぷいの堀ちえみさんの話に戻るが
彼女は手術後自分のブログを更新後、

各仕事の関係者にメールで報告していたと
番組内で紹介された。
その際に
ちんぷいスタッフ宛に書かれていた
彼女のメールの内容が紹介された。

「(桂)南光さんは、起きられてますか?」

南光さんとちえみさんとは他の番組でも
長年共演していたから、そのたびに
起こしてあげていたのかもしれない。

南光ちゃん涙目で目頭をつまみながら

「自分がエライことなって手術してんのに、
何でわしが起きてるかって。
…何心配してんねんや…!」

共演者一同潤んだ目で泣き笑いであった。

私も自分の事よりも他の人の寝起きを
心配している彼女にびっくりしたし
あ~私、 
己れの健康を勝手に過信して
情けないなぁ と思った。

療養の大変さなどは比較にならないだろうに
私は最初ぽぇに打ち明けた時
ワッと泣いてしまったくらいショックだった。
息子も一緒に手を握って泣いた。

子供さんたちのことも芸能人という水物の仕事ゆえの
煩雑さも、とても大変だろうに
彼女は共演者を気遣っていたのだ。

辛いときに他の人を気遣える彼女が
避けては通れない自分と対峙する時に
支える手が多くあり、なるべく癒される時間が
多くあることを祈る。






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[2019/03/03 23:00] | ちょっとまじめに考えてみる。
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優しい世界観が大好きな坂田靖子さんの漫画 
「神が喜びをくださるように」の作中で
(闇夜の本、復刻してたんだ!すごい嬉しい)

身分違いによる喧嘩で別れた元恋人に

「もしも僕らがサーカス小屋の小人だったら
世界中の誰よりも幸せだったかもしれない」

というセリフがあるが
そこへ天使が舞い降りて…という
素敵な話。


その昔の日本でも
当時の斎王だった式子内親王と藤原道雅が
恋に落ちたものの、
帝の娘である内親王が自分で結婚相手を
決めることはできず、結局引き離されてしまった。

その時の道雅が詠んだ歌が百人一首に
残っている。

今はただ 思い絶えなむとばかりを
人づてならでいふよしもがな

もうあなたの事を愛してはいませんよと、
せめて会って言いたかったという意味の
切ない歌である。



私がまだ独身で診療所勤務だったころ
うちの歯科は近所の奥様方が多かったせいか、
台風や地震があってもアポ通りに来診なさるのに
いざ有名芸能人や皇族の結婚式の日となると
途端にキャンセルが相次ぎ、
事実上休診状態になったので
まだ若かった私やほかのスタッフは理解に苦しんだ。

芸能人はもうわからないけど
ご皇室の事って
ある程度年取ってから気になるもんだなと
今の年になって思う。

今世の中を騒がせている内親王様の
ご成婚の問題は
もしも2人とも一般人だったなら何も問題なく
結婚して生活していたかもしれないし、
様々な問題で別れることになってもそれはそれ
で収まっていただろう。
いざ結婚したらお互いの金銭感覚がずれていた
というのはよくあると思う。

漫画家 「東大一直線」の小林よしのり氏が
内親王様が好きな男と結婚できるんなら
400万の借金くらいわしがはらっちゃると仰った
ようだが
私もゴーマンかまさせてもらえば
いやそれはなんか違うよ、よしりん!!と思った。
詳しいことは本当にわからないが
そこはお金を払って解決することが
真の解決策ではない気がする。

というか、誰かが何とかしてくれるというのを
あちらの母子に更に刷り込んじゃダメな気がするんだ。
身の丈を知らない贅沢のためにお金をたかる人は
私が親ならダメもとでもわが子の結婚を反対すると思う。
常日頃息子たちには
「恋愛中は難しくとも引き算、
結婚したら相手を足し算で見なきゃいけないよ」
と 失敗者ながら偉そうに言っている。
結婚はお互いがをどこまで許せるのか だ。

「ほら、
読んだことないけど漫画家の小林さんっていう人が
僕のお母様が借りたお金を返してくれるって
言ってるからもう大丈夫ですよ。
僕らはお言葉に甘えて結婚しましょう」

まぁさすがにそういう厚顔無恥なことは
言わないか。

億単位の花嫁料のようなものが国税から出るのと
国民の象徴として一定の品位を求められ
みんなが明るい話題として祝福したいと注視している。
皇室からちゅーちゅーお金を吸い取りそうな輩でも
いざご成婚しちゃうと
欧州のロイヤルファミリーみたいに
おいそれと離婚することもできないんだ。

「ねぇペイン、
このまま2人でサーカスに入っちゃいましょうよ。
私ブランコがやりたいわ。」
(「神が喜びをくださるように」)

ふたりぼっちではないことは
果たして不幸なのだろうか。
彼は皇室を離れた後の
彼女を守る覚悟があるのだろうか。
周りにこの記事を書く私を含めて
うん千万のお節介な親戚気取りが沢山
溢れるほどにいる今、
やはり 慎重に相手を見据えていただきたい。








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[2019/01/28 16:57] | ちょっとまじめに考えてみる。
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