ドール職人のドールライフと日常を綴る日々。
ちょうど最初の子が出来た時によく聴いていたのが
矢野顕子さんの「Piano Nightry」で

ピアノ1台きりでじっくりとコピーアレンジした楽曲を
聴かせてくれる今でもお気に入りのアルバムがある。
私自身の趣味で、
もともとそういうピアノ弾き語りの曲が大好きなのもある。

生まれた子はどうやら私のそこら辺の好みに似たのか
音楽と図工は得意科目である。



久しぶりに聴きたくなってガサガサ探したんだけど
アルバムが見つからない。

好きな曲は同じコンセプトの前作
「Super folk song」よりたくさんあるのに。
(イッセー尾形さんの「おお、パリ」はおもろくて
かなり好き。あとブームの「中央線」も。)

長年ずっと口ずさんでたんだけど誰が歌っていたのか
オリジナルがわからない。

というわけで検索。
あった。


私がタイトル忘れても歌詞はしっかり暗記するほど
ずっと歌っていたのは
鈴木祥子さんの「夏のまぼろし」。
ああ、矢野さんアレンジとは感触が違うけどいい曲だなぁ。

夏のまぼろし By.鈴木祥子


悲しい歌なのかもしれないけど何だかけなげな感じがして、

無理やりどうこうしようとかではなくて
感情の動きを内側から静かに見つめているような歌詞が
とても切なくて好きだ。


土曜の午後にはいつもピアノを弾いてた

夢はまだ
あの雲より ずっと遠くに見えてた・・・



もうすぐ夏も終わる。


この静かで優しいレクイエムを口ずさみながら、

本当にゆっくりとだけど、
私も頭を上げようとしつつある。かも。













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[2011/08/31 16:16] | 日々雑感
|

パソコンがやっと復旧しました。

どうやら無線ルータに問題がある模様。
いきなり繋がらなくなるのも不可解なんだけど
有線に戻したら使えるしね。
おっそろしい数のメールにビックリν



今日は夫の国家試験日。

この1年、
膨大な書籍を解き、講座や模試に通い大変だったと思う。
無事に帰っておいで、お疲れ様。


まだ今ほどネットがお手軽じゃなかった時代

山田邦子さんがむかーし結婚された当時、
お互い仕事が忙しくてすれ違いがちな2人だったけど

山田さんが帰宅すると必ず
森公美子さんからもらったんだっけ?の
ぬか床が混ぜたあとがあるという。




山田さんも混ぜて

「ぬか床混ぜておきました」とか

「〇〇が食べごろです」とか

旦那さんにメモを書置きして仕事に出かけたという。

山田さんいわく

「ぬか床がつなぐ夫婦の絆」。

まあご夫妻で一緒にぬか床を整えてたってことですね。


なんとなく当時独身の私はじんわり温かいものを
感じた。

だって塩して眠らせずに2人で忙しい中
頑張って混ぜてたんだからさ。



試験期間で夫が有給
私が出勤の日々だったこの1週間。


ふと疲れて帰ってくると
水差しに大きい真っ白な山百合が1輪、
最近までキッチンに飾ってあった。

今は野生化して群生している小さなひまわりが
飾ってある。

「どうしたの?」

「いや、
摘めそうやったから。」

「ふーん・・・。」

会社で『番長』なんてあだ名を付けられた
強面のおにーちゃんが
大きい手で小さな花を摘んでいる姿を
思い浮かべて

「頑張ったのねぇ。」

「ここらへんは花には苦労せんからな。」

と、くすくす笑った。


何もさ
特別なことなんかなくっても
思いや大事なことというのはひそやかに確かに伝わるんだよ。


物の豪奢さや派手さなんかでは量れないというか、
まあそういうのもたまにはいいけど
私は
『たまに』で置いといてもいいかなぁ。


人の自分への気持ちって
本当に肝心なことは
ちょっとしたことに出てくるんだと思う。


私は今なお尊敬するブログ主さんが以前言っていた

『目の前にある幸せを手放すな。

夜眠りに付いて次の朝
当たり前に目が醒められる幸福に感謝しろ。』

という言葉を未だに咀嚼し続けている。

事あるごとに思い出すのだ。


ささやかな幸福や感謝すべきことを
頭でしか理解しようとしない、

そもそも物でしかその価値を量れない
人間にはなりたくないと、ふと思うのだ。


嗚呼、夫のこの1年の努力が結実しますように。








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[2011/08/28 17:07] | 日々雑感
|


長めの夏休みが終わって
仕事が始まった。


久しぶりに化粧したらまあ化粧ノリのいいこと。


電車に乗って、デスクに就いて仕事する。

大量の問い合わせを気がついたら
水気も取らずに倍速でこなし

ほいほいと上司のクレーム処理依頼を消化し、
残業も何もかも笑顔で引き受ける。
多忙を極めるこの時期の上司の労を労う。


その辺のメカニズムはよくわかんないんだけど
誰彼かまわずに何だか優しくしたくなっている。
怒り散らすよりはいいよな。


帰り道
ふと自分がうつむいて歩いていることに気付く。


自分って、
こんなに下向いて歩いてたっけ?










そして
帰宅後どっぷり疲れて仮眠する。
生活はほぼ元通りだけど、


「なんでこんなにへらへらしてんだよ」

とか、
心の底の方で考えている自分もいたりする。
カラ元気でも元気でやってきたじゃないか
なのに。



なんだろう・・・?


ああ、偶然な共通の口癖が
いまだに消えてない。



・・・もう少し。

もう少し時間が経てば
たぶんもっとちゃんと立てるから。


感情に正直になるのがいつも正しいとは
限らない。

けど。

今は少しまだ耳を済ませている。







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[2011/08/18 22:24] | 日々雑感
|

管理人のみ閲覧できます
-



管理人
>レス。
ええ、もう聞いた時は本当に心臓止まりそうにびっくりしました。
「通信の秘密」っていう法があるのを知らないのにも。

自分をめぐるイジメ⇒対象物にわざと優しくして情にほだす⇒モテてる自分に大満足…の輪っかにまんまと引っ掛かったんだと今は思います。
だからこの自己満足実現のためには
イジメは欠かせない要素だったんですよ。
この巧妙さにもう少し早く気が付いていたらなぁ…最近こんな感想ばっかりで、自分の鈍さに困ってますν



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一昨日母からメールで

ドイツのいとこのカイに男の子が生まれたと
知らせがあった。

お祝いしなくちゃなぁ。

伯父は来日した時
当時生まれて間もないぽぇを抱いて

「この子、ジャガイモを沢山食べてドイツで
フットボール(サッカー)の選手にしないか?
彼も僕の孫だよ。」

なんて言っていたので

「伯父様、
You'll be a pretty baby's granppa soon.」

きっと可愛い孫に恵まれますよ。

だってうちの両親も諦めかけた頃に孫が2人
生まれたんですもの。

「ヤー、ヤー。
そうなりたいね。」

などと言っていたもんだから
この度どれだけ伯父と伯母が喜んでいるか、
想像に難くない。

それにカイは結婚出来ないんじゃないかと
思い込んでたから。
どうやらうんと年下の女の子と
長い春を育んでいたようだ。


お祝いをもう少ししたら送る予定だが
いかんせん日本のものより
欧州の赤ちゃん用品の方が可愛いんだよね。

来日時伯父様の好物だった
わさび・・・?


早く写真が見たいなぁ。
先にお祝いのカードを贈らねば。



通り過ぎるものもいるけれど

新しく生まれ出ずる者もいるということわりなのだ。








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[2011/08/18 00:09] | 育児
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非常に時間が掛かった感があるんだけど
気持ちが少しずつ静かになりつつある。

ずっと下を向いて
マストに凝り固まっていた自分から、

もっと自由に、
何物にも捕らわれず
前を向いて歩いていた頃に戻っていけそうな気がする。

私も自分の欲に正直な、身勝手な人間だから。

なんか自分自身の気付きの旅をした気もしている。


長い夏だったなあ、とベランダから入道雲を見て思う。
いや今も暑いけどさ。





8月に入ってからは仕事が急激に忙しくなり、
頭に煙をモクモク出してはばたんきゅーで
物をゆっくり振り返ったり考えたり、
言葉にまとめたりする
余裕なんていうものが全くなかった。

夏休み前には来阪した友達とひっきりなしに
色んなことを一方的にまとまりなど無しに喋り倒しては
女友達の有難さを改めて実感する。
(酷暑は最悪で気の毒なことしたけど。)

職場でも学校でも
私は大概の人と仲良くなれたのに

一箇所だけは、
ただ大切な一箇所でだけはことごとく
歓迎はされなかった。
とても残念。としか、今では言いようがない。

もっとも私自身も
誰ともとりわけ仲良くなりたいとも思わなかった。
社交は必要でも迎合は必要ないと感じたからだ。

たった一人が私を見ていてくれれば
あの時はただそれだけでよかったからだ。


毎年のことだが夫と私では大抵私のほうが早く
夏休みに入る。

夫は今年は又もや国家試験が控えているので
実質休みがない。
でもおそらく来年は大丈夫。


勉強して、余りの時間には
夫婦で寝るまで色んなことをそこでも話す。
とにかく話す。

ひっきりなしに。

私のことなど全く知らない人に
初めて話すように。


私はいつからこんなにおしゃべりな人間になったんだろう?
と、本人が驚くほど喋り倒している気がする。
今はそんな時期を過ごしている。


ああ、
頭の中は一杯一杯だったんだなぁと
今では思うと少し泣けてくる。


伝えたいこととか
聞きたいこととか
そういうものに、こんなに自分は飢えていたんだ。

そんなに長い間
黙って考えている時間に、
耳が痛くなるような静寂のなかに
わざと自分を置いていたような気がする。

そうしないと、
話してしまうとバランスが取れなくなるような気がして。
でも大き過ぎる秘密は人を縛り、深く病ませてしまう。


ひとしきりお喋りや勉強の話をした後は
送り盆まで2人で香を焚き、
夫が唱える念仏に
じっと手を合わせた。

通り過ぎて行った者への感謝と冥福を
伝えるために。


色々と人生は過酷で容赦がなく
猛禽のように我々をついばむけれど、
そこから自分がどう生きるのかの性格付けをするのは
自分たち次第なのだ。

少しづつでもいい。
ささやかな、目の前に確かにある
今この幸せを見逃さずに前へ。



無上の幸せを感じたことや、
感謝した時間だけを連れて
この夏を見送り、
そして閉じていくことができそうな気がする。


みんな、 
いっぱいありがとね。







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[2011/08/16 16:19] | 日々雑感
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