ドール職人のドールライフと日常を綴る日々。

最近に限ったことではないけれど
販売ツールになる国内のオークションサイトの説明文などを
見ると
ドールの作家自身が

「転売禁止、よそのオークションで売るのも厳禁。
守られなければ取引しません!
一生大事に手元でかわいがってください。」

と 表記されたものを散見する。

その気持ち、めっちゃ分かる。
作って送り出したドールが後生大事に
幸せにオーナー様の下で癒しの存在であるように
願ってやまないのは
作り手もその子が好きで作ったからだ。


だけどね。
思うのと 言うのとでは
作り手と貰い手とでは
大きく思い入れも人形を扱う動機も
違うのですよ。
海外の作家さんではあんまり見ない文面である。

そしてそれらはきっと、
もうどうしようもできないものだと、
どこかで自分の中で線を引かなければ
カスタム人形を流通にのせることはしないほうが
精神衛生的にいいのではないかなと
最近は個人的に考えている次第である。

例えば
今自分が生まれた時に買ってもらったという
内裏雛
リカちゃんハウス
父親のおみやのフランス人形
ばーちゃんがお土産に買ってくれた
JALのスチュワーデス人形

今 残念ながら どれも手元に無い。
多分最初に生まれた女子だったから
親戚筋に私の意思とはかかわりなく
もらわれてったんだろうなぁと思うけど。
どこかで他の誰かが喜んで手にしてくれていたら
その人形も幸せだろう。

今私は日本人形玩具学会の一員になり、
研究誌や先輩方のお話を聞くにつれ
『今ある人形をどう遺していくのか』
を 模索している。
売る、作る、愛でる、全ての人形をめぐる分野で
活動している人たちの共通の懸念である。

そこで 
先述した意識的に売る側が強く限定しても
果たして人形は残るのだろうかと考えたら
私的にはNOである。

主役より後ろの職人が我を強く出しすぎたら
愛好者への邪魔、足枷になるのではないかと
常に思うからである。
もはや面倒になって
決してお安い値段ではないドールを気楽に買えなく
なってしまう人もいるのではないかと危惧している。
そうなってくると、本末転倒である。

だから、どれだけ手元に残して大事にして
欲しくても 
私はそこら辺の事情は貰い手の
手に渡ったら任せようと思っているから
わざわざは書かない。

本当に私自身が思い入れがあって残してほしい子は
下の子が引き受けて保存すると申し出てくれているので
はなから売りに出さないでいる。
彼の言葉のおかげで私は割合のびのびと
製作に打ち込める。
ほんとにありがとう。

色んな世界を渡り歩いて、何百年の歳月を経て
海外から日本に戻ってくる返礼人形もたくさんいる。
多くの人の手に渡るからと言って、
その人形の有様が不幸になるとは限らない。
何を見てどう帰ってくるのかまで
作り手の私がすべて支配しようなんて
作者の傲慢のような気もする。

もうすぐドールに関わるようになって9年、
私の手元にはすっかり分厚くなったお客様へ
お送りした際の宅配便の送り状が束になっている。

100年経って、
1体でも私の作った人形がどこかで残っていたならば
こんな幸せなことってない。
ものすごい野望なのだが
最近は そう思う。







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[2019/05/27 21:44] | ドール
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