ドール職人のドールライフと日常を綴る日々。



生前 記憶のなかの母親の顔にはしわが一つも無かった。

(理解できない気性の荒さと吊り上がった目元が般若の面に似て
恐ろしい存在でしかなかったが。)

おそらく叔母も大叔母達もそのような面立ちだったので
家系なんだろうと思うが
子供の頃の私には歳を取るということが
幼すぎてまだ分からなかった。


掌のしわも樹々も魚のうろこも
ひとつひとつ刻まれてゆくとは図鑑で見たけれど
自分には見えたしわが無い。

何も見えてはいなかった
歳を取るって、どういうことなのか。
何をその時思うのか。


そうして私も歳を取り自分も嫁にゆき、
子供が生まれて母親になった。

一通り子供が少し成長したら他人様に面倒を見てもらい
留守番ができるようになった子は一人机に向かって
働きに出る私の帰りを待ってくれるようになった。

やはり家系なのか、
私の顔には目立ったしわはまだないけれど
寄る年波には勝てず
腰を痛めてストレッチに励んだり
不整脈で心配を掛けたりする。

少しリンクで滑っただけで
その日のうちに内ももが物凄い筋肉痛に襲われる。
浅田真央ちゃんはそこで10年以上3回転半をずっと跳んでいる
美しいミューズのようだ。

こういう年頃になってきてふと、
この子たちに何が残せるだろうかと仕事の帰り道に
考えめぐらすようになった。


「お母さんが長生きして90歳になっても
ぼくが手をつないであげる。

でも
お母さんが歳を取ってぼくより先にいなくなっちゃうのは
…今は考えられへんけど、すごくさみしいなぁ。」


買い物帰りに一緒に歩く
手をつないだ子供の手は柔らかで温かい。

私の手もこんなに柔らかかったんだろうか。

こんなにも気持ちが和んだだろうか。

両親の気持ちはもうわからない。


子供たちの身体のDNAに 思い出に
私が生きていた事がほんの少し残ってゆくのは
わかるけれど
歴史にも満たない瞬間かもしれないなぁ。


まあ、後で子供たちの笑いの種になればいいと
こうしてWEBに綴るわけだけど
いつまで残ってくれるかな。

繰り返す万人に平等な時間の流れと
自分の衰えを自覚せざるを得ない歳の順番が
いよいよ自分に回ってきたが
大きな事を残して歴史にもなれない私は
あと少しの時間にどんな記憶を遺せるのだろうか。




子供たちよ
あなたがたが生まれて私に抱かれて
じっと母親の顔を見つめた
その日から

それでも間違いなく私にとっては大きな歴史の始まりだったよ。



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[2016/11/15 23:22] | ちょっとまじめに考えてみる。
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